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カメラなんて嫌い♪

eos70dとart18-35/d750で20f1.8・タムキューの作例、初心者向け講座など

僕が影響を受けた写真家

こんにちは🎵

 

今日は僕が好きな写真家について書こうかな。

 

 

曰く、【必要なものは 距離 と 対象物 だけだ】

 

 

マリオジャコメッリというアマチュア写真家の言葉です。

カメラを嗜んでいる時、いつもこの言葉が浮かんできます。

 

それは心かもしれないし、環境かもしれないし

あれは草かもしれないし、好きな人や食べ物かもしれない

 

撮った分の写真の枚数かもしれない。

 

 

2000年11月25日にその75年の生涯を終えた彼の写真を追うことが

僕の好きなカメラの道しるべなのかもしれないです。

 

と、言っても彼の写真を生で見たことがないのがアレですけど。

 

 

生と死をテーマとした詩のような写真の世界観はなにかすごく訴えかけてくる気がします。

 

「死が訪れて君の眼に取って代わるだろう」

 

というある詩人の文を引用したタイトルのシリーズの写真が、僕が初めて眼にした彼の写真でした。

 

 

なんて写真家らしくないタイトルをつける人なんだろう

と、良い意味で興味を惹かれたのがきっかけ。

 

写真と詩っていうのは互いに反するものだ!

 

って誰かが言っていたような気がするけど、

マリオさんの作品は、なんだかその反する世界とは異質のもののような気がしています。

 

でも、普通の写真って、タイトルもその理由も雰囲気もなんもかんも全部、写真の中に括り付けられているんですよね。

 

最近のデジタルカメラは写真を撮ると、その写真データにexifっていう撮影時の情報が付加されるんだけど、それと同じような感覚。

 

もはやタイトルさえもいらないんじゃないかって思っちゃうんだ。

 

写真を撮る人たちって、その写真の中に入ってる情報をタイトルにそのまま説明的につける人が多く見受けられて、僕も御多分に洩れずそうなんだけど、

 

要らないんだよね。

マリオさんの写真をみてると。

 

情報のくっついてない写真って、もはやしゃしんじゃなくなっちゃうけど笑

 

よくカメラは引き算の美学っていうけど、それのある意味つきつめられてる写真がマリオさんのじゃないかと思った次第。

 

ハイコントラストで、モノクロームで、

それだけ。

ハイコンモノックな写真って今でも変わらずに人気だけど、

色っていう情報が無い文、モノクロにするとその空いた容量に、写す対象の情報をいっぱい詰め込んじゃうんだよね。

 

路上スナップマンがよくモノクロで繁華街をハイコンノイジーにして撮って出ししたりしてるのを見るとそれが顕著に表れてる。

これはきっと、森山大道さんの影響も大きいんだろうけど。

 

 

情報のない 記憶 に言葉を足す

 

面白いよね。 写真が言葉に変換されないんだ。

 

写真を撮ればとるほど、

少ない対象物で少しでも多くの情報を入れようとするのがフォトプログラマーだとしたら

マリオさんは一体何なのだろう。

 

休みの日にしか写真を撮らなかった、写真が趣味のおじさん❔

 

ファインダー越しのあなたの世界は、あまりにも切なくて魅力的だよ!

 

 

なんか全然紹介になってないけど。

自分の気持ちを整理するためにも書いているので良しとしよう←

 

 

 

あ、でもきっと、マリオジャコメッリも、フォトプログラマーなんだろうな。

考えて撮ってるんだから。

 

 

 

 

 

 

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迷って選んだ道の先でまた間違うことだろう

 

 

 

 

 

マリオに憧れて、それっぽい写真と言葉をを過去から引っ張り出してきた。笑

 

いつも、追いかけてばかりだなあ。